「かいちょうな話」 (5月号)
TEAM GREX会長
       藤沢 武  

 人は閃くときがある。意識し集中しているとき。何も考えずぼぉ〜としているとき。何か他の事をしているとき。それは前ぶれもなく「閃く」。ぼんやりとしてはいるのだが深層心理は絶えずそのコトに集中しているのだろう。釣りの場面での閃きとはなんだろうか。名高い全国大会で、ある名手が「優勝につながったと言っていい決定的な閃き」の話。仕事を終えて全ての準備をし、出発したのは夜7時前。大会会場を目指した。連れと交代で運転し民宿到着が午前0時すぎ。当然、他の選手達はもう寝ている。大急ぎで布団にもぐり込む。長い運転で昂ぶった神経ではなかなか眠れない。壁から天井にまでグレの魚拓が張ってある。薄明かりの中ぼぉ〜とした意識で一枚一枚を追う。墨痕あざやかな一枚に目がとまる。46cm位はある。横のグレは50cm近い。ここで突然、閃いた!「まてよ、こりゃ〜かなり新しい魚拓だ・・いつ釣ったんだぁ・・?」 薄明かりの中、薄目にフォーカスを絞ると「日付は昨日ではないか!このグレは昨日食ったんだ!」テレビドラマだとここで「ジャ〜ン」とか「ガ〜ン」とか効果音がかぶせられる場面だ。「魚がデカイ!」跳ね起きた。ヤバイ!ハリスがない。事前の情報だと小型が数でている。手返し勝負とみて細仕掛けしか持ってきていない。隣で寝ている連れに「太ハリス持ってないか?」と揺する。持っとらん、ネカセテクレ〜の返事。寝ている場合ではない。薄明かりの中、知り合いを探してホフクゼンシン。鼻先まで近づいて一人一人見るのだが「人間、寝入ってしまった顔ほどわからないものはない」似ているがどうも顔が長い。コイツも似ているが顔に締まりがないなぁ。もう日付が変わって4時間後には全国大会だという宿舎の薄明かりの中で一人一人顔をのぞきこんでいる選手もそうおるまい。いた!おった!いい奴がおった!「おぃ!起きろ!朝だょ。ハリスくれ!」そのいい奴は飛び起きた。信じられない機敏さで予備の太ハリスを差し出した。まだ一種の睡眠状態なのだろう。「必ず返すけん。おやすみ!」・・なにが起きたか状況がつかめない顔をしている。【そして大会は始まった】竿が手元から曲がった。次々にハリスの糸鳴りがする。磯のあちこちで大物が細ハリスをブチブチ切っていった。大半の選手が細仕掛けで大物に対応できなかった。あの「いい奴のハリス」は強かった。決勝戦は気をよくして戦った。大物が次々に掛かったが余裕をもって取り込んだ。「あの閃きだ。あの閃きがなかったらとても決勝までは進めなかった・・・」残り1分の声に優勝を掴んだ嬉しさがこみ上げてきた。真夜中になにがなんだか判らないうち太ハリスを貸してくれた「いい奴」には十分に感謝の意をつくした。賞品で埋め尽くされた帰りの車中。「なんで、一緒に来とるのに起こして教えてくれなんだぁ?友達がいのないやっちゃのぅ!」「ホナケンド起こしたデェ〜。ネカセテクレ言うたん覚えとらんか?」  賑やかな会話は故郷のシンボル・眉山が見えてくるまで続いた。


平成16年5月

continentaltangoperu.com